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Column Vol.3

2018.02.20

ほんとに好きなの? 「宛先不明」の向こうの旅 Vol.3 小宮一葉

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「その日」の朝は、旅先で目覚めるはじめての朝でもあった。

 

長旅の疲れで深く眠った身体からはかすかな不安もいったん取り除かれ、淡い朝の光が室内でゆれているのを目の端で捉えながら、一瞬、ここがどこだか分からなくなる。隣のベッドでほぼ同時に目覚めた恵未さんと目が合って、おはよう、と言葉を交わした。

 

TVをつけると、映画祭の特集をしていて、コンペティション部門にノミネートされている独映画に出演している若手の俳優がインタビューに答えていた。まだ少年の面影を残す彼の、いかにもフィルモジェニックな独特の顔立ちと身のこなしに、おもわず見惚れた。

 

わたしたちの映画の上映は夜で、まだ時間があったので、ホテルで朝食をとってから、朝TVにでていた彼が出演している映画を観に出かけた。

 

それは、ある父と息子のぎこちない関係を美しい自然のなかでしずかに描いた作品だった。スクリーンのなかで彼はやはりフィルモジェニックで、けれども主張しすぎることなく、確かにその物語のなかへ存在していた。

 

彼に見惚れながらわたしは、わたしもあのような確かな身体性を持って作品のなかへ存在が出来ているのだろうか、と一抹の不安のような、祈りのような感覚が蘇ってくるのを感じた。

 

その不安の塊を抱えたまま、夜を待って、身支度をして、わたしたちは劇場へと向かった。

 

ほぼ満員の劇場で、その熱気のようなものに圧倒されながら、「その日」の「その瞬間」を迎えた。

 

映画「三つの光」が、初めて公開された。

 

殆ど息を止めながら、わたしは、彼や、彼女や、わたしが演じた人物たちが出会い、会話をし、ぶつかって、なにかを奏で、離れていくのを見つめていた。

 

息苦しかった倉庫の記憶や、もがき苦しみながら身を投げ出した記憶が、匂いのようにスクリーンから立ち上ってきて、思わず自分で自分の手をぎゅっと掴んだ。

 

そこに映っていたものは、あまりにも生々しかった。醜く、もがいている抜け殻がそこに居た。

 

わたしは混乱した。

 

混乱し、体験を受け止めきれないまま、舞台挨拶に立ち、いくつかの受け答えをした。挨拶と、簡単な自己紹介だけはドイツ語と英語で話して、あとは通訳の方を交えての質疑応答となった。主演のひとりの池田良さんだけは、英語がかなりのレベルで堪能だったので、観客からの英語の質問にはそのまま自分で答えていた。

 

観客の反応はおおむね好意的で、暖かかった。

 

内容や、映画における監督の意図などにも深く切り込んだ質問も多く、それに応える吉田監督の受け答えを聞くこともまた、新鮮なものだった。

 

質問をしてくれた観客のなかには、名指しでわたしの演技を褒めてくれた女性も居た。けれど、わたしは彼女の言葉をそのまま受け取ることは出来なかった。

 

何故か?出来なかった。

 

混乱したまま、劇場をあとにし、皆で打ち上げをしに、バーへ向かった。酔いたかったので、そばにいたバーテンダーにおすすめのウイスキーを尋ねて、ストレートで飲んだ。何かに逃げるときの、甘い味がした。とたんに身体が熱くなり、ぐにゃり、と世界が歪んだような気がした。その日の夜は、記憶が曖昧で、ホテルへ戻ってからすぐ寝てしまったことだけは覚えている。

 

吉田さんは、出来上がった映画を観て、幾度か泣いたと言っていた。

 

わたしは、一度も涙を流すことはなかった。

 

映画としての強度と完成度は、疑いようのないものだった。そして、そこに映る自分は、ぞっとするほど、痛ましく、何かに憑かれているようだった。

 

その、醜くもがいている、自分の姿をした苦しみの肉の塊を冷静に見つめながら、私は、私で良かったのか、もっと想いを持たない、綺麗な人形のような、そのような人が演じたほうが良かったんじゃないか、と、そんな気もしてひたすら落ち着かなかった。

 

そして私はまた逃げたくなった。自分を取り巻く全てのことから。いつもそうだ。抜け殻をおいて逃げ出したくなる。なぜ?抜け殻に執着すると化け物になるから。もう半分化け物なのかもしれないが、それを周りに悟られる前にいつも、逃げ出したい。ここまできて、ベルリンまで辿り着いて、また逃げ出したくなるなんて。わたしは途方に暮れた。

 

しかし、昔のように逃げることがもう許されないことも心の何処かではわかっていた。

 

旅も、上映も、これから、続いてゆくのだ。わたしは何度でも、自分の抜け殻と向き合い、対峙し、そこから、新たな未来を構築していかなければならない。

 

何より、一緒に光を目指して作品を作り上げた人たちの為にも、わたしが出来る役割がまだあるのだとすればそれは果たし続けなければいけない。

 

それは、生きることを選んで、光を夢見て、表現にまた携わってしまったときに既に背負ってしまっていた十字架だった。

 

なによりわたしは、「これ」しかできないのだ。音楽も、芝居も、わたしのなかでは同じもので、ただ、でも、ひたすら、やっぱり「これ」しかできないのだ。わたしは。

 

そのことを、ずっと来たかったベルリンという土地に来て、街を歩き、ひとびとと接して、夢と現実を重ね合わせてゆくなかで、改めて肌で感じた。それは確信にも近いものだった。

 

きっとこれからまた何回も逃げたくなって、でも逃げられなくて、迷うのだろうということもわかっていたが、それでも、なにか一筋の光のようなものが見えた気もした。

 

それは、しずかで、まだ声のない歌のような、いまにも消えそうなこころの光だった。

 

わたしはそれを、守りたいと思った。

 

 

 

 

小宮一葉(Kazuha Komiya)
1986年生。東京音楽大学卒業。
在学中、今泉力哉監督作品に出演したことがきっかけで芝居を開始。2012年に公開した同監督の映画「こっぴどい猫」でヒロインを演じる。
出演した吉田光希監督「三つの光」が第67回ベルリン国際映画祭フォーラム部門出品という快挙を果たし、今秋公開中。
また2017年、tapestok recordsより〝faela〟として音楽活動も始め、single 「em」をiTunes、OTOTOYでリリースしている。

主な出演作:「ひ・き・こ 降臨」(吉川久岳 監督)、「お兄チャンは戦場へ行った!?」(中野量太 監督)、「5 to 9」(宮崎大祐 監督)
舞台出演作:マームとジプシー「cocoon」(藤田貴大 作・演出)
http://kazuha-komiya.com/
http://tapestokrecords.com/

 

題字イラスト

青木 公平 (kiki)
1981年日本生まれ
温室グラフィティ育ち
最近髪を短くしました。
言葉と線を便りに絵画等、作品を制作。
quiet revolutionをスローガンに、人の得意と得意を物々交換しています。
現在台南クリエーティブ集団「colorbit」所属。鎌倉在住
instagram @kikiintainan
kikisun.yumewomilu@gmail.com

 

写真

辻優史(Masafumi Tsuji)
1993年横浜市出身。多摩美術大学映像演劇学科にて映画を学んだ後、写真へ転向。
在学中に江口宏彦氏の下でアシスタント経験をする。最近の仕事はスケーター
マガジンの撮影の他、NHKのアーカイブス映像など。
https://www.masafumitsuji.com/