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Column Vol.2

2017.12.19

ほんとに好きなの? 「宛先不明」の向こうの旅 Vol.2 小宮一葉

第一回はこちら

 

今までいくつかの国際映画祭に参加してきていちばん感じたことは、とにかく語学力の重要さだった。ただ漫然と参加していても、出会った人々と直接意見を交わすことができなければあまり意味がないように感じた。

 

ティ―チインの時などには通訳の方がついてくれても、その他の場面では自分自身でコミュニケーションをとれたほうがはるかに実りある旅になる。

 

ルーマニアのトランシルヴァニア国際映画祭に参加したときに、ゲストとして来ていた俳優のイザック・ド・バンコレに思い切って話しかけたとき、彼が話してくれたピーター・ブルックの話や、演じることについての話は、なにより得難い宝物になった。

 

彼はこう言っていた。
「演じるうえで重要なことは、演じないことだ。」

 

そのことばは、ときに免罪符のように、ときに指標のように、私の頭上でかんむりのように輝いている。

 

そんなわけで、少しでもなまった語学力を磨こうと、適当に選んだ英会話の本を機内に持参していたものの、結果数ページ読んだだけであとは殆ど眠ってしまった。ドイツ語に関しては、はなから諦めていた。こういう怠惰さが良くも悪くもいまのわたしを形造っていると思う。まあほぼ、悪い意味で。

 

ベルリンへ到着しホテルに着いたものの、まだ部屋には入れなかったので、トランクを預けて皆で映画祭の事務局へ向かった。パスをもらい、観たい映画のチケットの申請などをして、遅めの昼ご飯を食べに行く。そうこうしているうちにホテルにチェックインできる時間になったので、そろそろお風呂に入りたいわたしと、同室の女優の真木恵未さんは皆と別れてホテルへ戻った。代わる代わるゆっくりシャワーを浴びる。ちゃんとバスタブもあってほっとした。

 

映画のなかで友人役だった彼女は、わたしより少し大人で、とても気持ちがいい女のひとだった。一度社会生活を経験してから芸能の世界にきたということもあってなのか、落ち着きがあって、頭も良く、ごく普通の感覚をきちんと持ち合わせている人だった。この旅のあいだ、ほぼ彼女と一緒に時間を過ごして、色々な話をした。性格は違うのだけれど、お互い、もう休みたい、と思うタイミングや、ごはんの選択、やりたいことがわりと一致するので毎日とても楽しかった。彼女が、きちんと服にアイロンをかけている姿や、寝る前に日記をつけている姿を眺めている時間は、とても幸福なものだった。

 

あの過酷な撮影期間を経て、黙っていてもお互い苦痛にならないくらいの関係をわたし達はもう築いていた。

 

さっぱりしたあとに、お互い次の日の上映後の舞台挨拶になにを着るか相談し合う。我々のチームにはヘアメイクさんもスタイリストもいないので、お互いにそれでいいんじゃない?と確認し合うことでちょっと安心したりする。

 

それより何より落ち着かないのは、まだキャストの誰ひとりとして完成した映画を観ていないことだった。仮編集の段階で審査を通過し、そのあとぎりぎりまで編集が行われていた為に試写もなく、初見はスクリーンで観てほしいという監督の意向もあって、この地で初めて、観客と一緒に出来上がった映画を観なければならないという、緊張を通り越して恐怖感すら感じる状態であった。

 

その日の夜はフォーラム部門の交流パーティにキャスト陣とすこしだけ参加して、早めにホテルへと戻った。

 

初めての上映日を明日に控えていた。

 

いつも、「その日」は自分が自分でないような、幽霊になったような気分になる。スクリーンのなかに漂う、もうわたしのものではない、わたしではないわたしが、いっせいに人々に観察されるとき。演劇とは違って、映像のなかの自分は、もうどこにも存在しない自分なのだ。一拍遅れて纏わりついてくるいとしい影のような、過去の自分をふたたび自分のなかへ体験として受け入れることには、勇気が要る。想いを込めた役柄であればあるほど、その対峙は恐ろしい。この感覚には、いつまでも慣れることができなくて、ときに痛みすら覚えることもあった。じゃあなぜ、演じるの?と問われれば、そうせざるを得ないから。としか、答えられなかった。

 

いつか、この感覚もきえてなくなってしまう日がくるのだろうか。

 

わたしはまだ、わたし自身に固執し過ぎているのかもしれなかった。

 

もっと自由になりたい、肉体や存在を超えた大きな視点を持ちたい、と思いながら、いつも、わたしはわたしの殻にこだわって、固執する。

 

幽霊なら幽霊らしく、いっそ透明になれたらいいのに、といつも思うのだった。

 

その夜は、すべてのことを明日の自分に預けて、深く眠った。

 

小宮一葉(Kazuha Komiya)
1986年生。東京音楽大学卒業。
在学中、今泉力哉監督作品に出演したことがきっかけで芝居を開始。2012年に公開した同監督の映画「こっぴどい猫」でヒロインを演じる。
出演した吉田光希監督「三つの光」が第67回ベルリン国際映画祭フォーラム部門出品という快挙を果たし、今秋公開中。
また2017年、tapestok recordsより〝faela〟として音楽活動も始め、single 「em」をiTunes、OTOTOYでリリースしている。

主な出演作:「ひ・き・こ 降臨」(吉川久岳 監督)、「お兄チャンは戦場へ行った!?」(中野量太 監督)、「5 to 9」(宮崎大祐 監督)
舞台出演作:マームとジプシー「cocoon」(藤田貴大 作・演出)
http://kazuha-komiya.com/
http://tapestokrecords.com/

 

題字イラスト

青木 公平 (kiki)
1981年日本生まれ
温室グラフィティ育ち
最近髪を短くしました。
言葉と線を便りに絵画等、作品を制作。
quiet revolutionをスローガンに、人の得意と得意を物々交換しています。
現在台南クリエーティブ集団「colorbit」所属。鎌倉在住
instagram @kikiintainan
kikisun.yumewomilu@gmail.com

 

写真

辻優史(Masafumi Tsuji)
1993年横浜市出身。多摩美術大学映像演劇学科にて映画を学んだ後、写真へ転向。
在学中に江口宏彦氏の下でアシスタント経験をする。最近の仕事はスケーター
マガジンの撮影の他、NHKのアーカイブス映像など。
https://www.masafumitsuji.com/