interview Vol.4
2020.04.26
―さっきチラッと触れましたが、「ひらめき☆マンガ教室」に通われたのはいつ頃の話なんでしょうか?
しらこ:名古屋の大学を辞めたのが2017年の3月。そこからいろいろあって、東京に来たのが1年後の2018年2月。そのぐらいですね。
―マンガの教室も今やたくさんあると思うのですが、中でも“批評”の印象が強い「ゲンロン」の「ひらめき☆マンガ教室」を選んだのはどうしてなんですか?
しらこ:東京行きがほぼ決まっていたぐらいの時、地元で友達と遊んでいて。そのうちの1人が、「お前これ申し込めよ」って、「ひらめき☆マンガ教室」を教えてくれて。
「目標ができていいかな」と思ったのと、ノリで行動させる雰囲気もあって(笑)、その教室に申し込みました。それまでは「ひらめき☆マンガ教室」も「ゲンロン」も知らなかったです。
―行ってみて教室の雰囲気はどうでしたか?
しらこ:「とにかく世に出て行こうぜ!」という空気でしたね。マンガのコマ割りなどの技術に加えて、「自分が持っている特徴を活かしてどう世に出るか」という戦略も教えるところがよかったと思います。
―今でも心に残っているカリキュラムの内容を教えてもらっていいですか?
しらこ:「ネットで広めることを意識した漫画」、つまり「バズる漫画を描きなさい」という課題があって、内容・テーマともに面白いって感じました。
―聞きたかったんですが、「バズる」ということに対しては、どういう捉え方をしているんですか?
しらこ:いいんじゃないですか? バズるのはいいと思いますよ。やっぱり伸びないと悲しいし、伸びると嬉しい。
―ですよね。どういう内容の作品をその時描いたんでしょうか?
しらこ:Twitterにアップするので、1投稿につき4コマ掲載がまず前提。その上で、「1コマ目でどれだけキャッチーにみせていくか」という戦略の人が多かったんです。
けど僕は、「お姉さんがスーパーで買い物をしている」という設定作りから始めました。そこでは、欲しかったバラ肉がちょっと高く、その横のひき肉には割引シールが付いている。
お姉さんはバラ肉を買いたかったから、残念そうな顔でその前を通り過ぎていくんですが、次のコマでひき肉にクローズアップするや、ひき肉の割引シールがペリッと剥がれて、ふわぁって浮いて、バラ肉の方に付くんですよ。そこで、戻ってきたお姉さんが、「やったー!」という感じで買う…という内容。
僕の好きな、ものを俯瞰して見つめる一種のメタ視点を使って、タイトルは「豚バラを安くしてあげました。」にしました。
豚バラを安くしてあげました。 – 超・ひらめき☆マンガ家育成サイト
―どんな評価を受けたんですか?
しらこ:それは褒められて、課題提出者の中で賞もいただきました。そういうところまで考えられる、そして評価される学校でしたね。
―「ひらめき☆マンガ教室」で教わったことは、今の自分のイラストなどに活きていると思いますか?
しらこ:今後はマンガもたぶん描くので、そこで活きてくると思います。
―ちょっと気になっていたんですが、マンガとイラストだと、今の段階でどのくらいの比重を志向しているんですか?
しらこ:どうだろう。マンガはまだ全然本格的にやっていないので、描き始めたら変わるかもしれないですけど…。マンガが4でイラストが6かな。ちなみに、マンガへの関心は、教室に通い始めたぐらいからです。
―じゃあ割と最近なんですね。
しらこ:マンガを描こうとは別に全然思っていなくって。後からだんだん関心が芽生えてきました。
―マンガとイラストを比べた際、どんな違いがありますか?
しらこ:その2つはだいぶ違いますね! イラストは一画面を完璧に仕上げるイメージ。マンガはストーリーも絡んでくるし、コマの大きさも自分で都度変えていくので全然別です。
―話を聞いていると、「マンガ」というジャンルに対して、「未知のもの」的な興味があるようにも聞こえるのですが…?
しらこ:それはそうですね。イラストは割と満足してきていて、飽きてはいないですけど、かなりよいところまで来ているなと思っていて。だけど、マンガは未知な分、「どんなことができるかな?」と感じています。
―そういえば以前、「絵を描くという選択肢は結構うしろの方にある感じ、でも絵は好きです」と書かれていましたが、「絵」と「絵を描く」というのはご自身の中では違うんですか?
しらこ:それは違うかも知れない。”完成品としての画”が好きなんですけど、それまでの過程はあまり好きじゃなくて(笑)。
手がけた作品がずっと残って、たまに見返したりして、「あぁ、こんな画も描いていたんだね」と振り返る状態は好き。今でも描いている作業中はあまり楽しくないですね。
―建築の時と同じく、作業としてキツい、みたいな感じですか?
しらこ:最終的に完璧な画面を作りたいんです。僕にとって、そこが「ゴール」なんですよ。
画には、色とか明暗とかすごくいろいろな理論が隠されていて、勉強しようと思えば勉強できる、うまく使えばすごくよいものが作れる。
そういう全体としての深さ、芸術としてのよさとして画は好きですね。でも描くことは、キツいとまでは言わないですけど、別に愉しみは見出していないです。
―では、画を見るのも結構好きですか?
しらこ:好きです。
―「どんどん新作を描こうとは思わない」とも言われていましたが、イラストレーターの基本戦略として、一枚でも多くの画を描いてSNSに公開して認知を上げる、というのがあると思います。そうした考えとは異なるように思うのですが?
しらこ:東京に来てすぐ、仕事がなかった頃は、めちゃくちゃイラストレーターになりたかったので、そういう戦略とかもいろいろ考えていて。
ただ、僕も作品をガンガンSNSに上げようとしたんですけど、そんなにたくさんは描けないんですよね。
感動したこと、綺麗な風景とか街中で気付いたことなどがあれば、それをきっかけに描いたりできるんですけど、量産するのは合わなかったし、やりたかったけどできなかったですね。やっていればもう少し早く仕事になっていたのかなとも思います。
―今のスタンスとしては、無理して画をどんどん描くというより、「見つけてくれる人が見つけてくれればいい」みたいな感じですか?
しらこ:そうですね! 画の数ではなく、質で勝負しているのかな。質も数と同じくらい強いのではないかと考えています。
―メイキングを結構な頻度でnoteに上げていらっしゃいますが、あれには狙いがあるんですか?
noteにメイキングを書きました。ラフ〜完成までに加えた変更点を全て箇条書きにして、それぞれなぜそうしたのかをまとめています。https://t.co/qrun4aJ3xE pic.twitter.com/5KWUTYaFyX
— しらこ (@Rakoshirako) March 1, 2020
しらこ:あれは一応戦略としてやっていて、3つの理由があります。
1つめは、過程を見せることによる、ひとつの「アピール」。デザイナーさんが仕事を発注する時、「この人はどういうラフを作ってくるのか」とか、「どういうことを考えて絵を描いているか」を事前に知ってもらえたら、ただ画を上げているよりも信頼感を抱いてもらえるのかなと思ってやっています。
2つめは、同じイラストレーターに向けた、知識の共有というか開示。描き方を明かすことで、誰かが参考にしてくれればいいなと。
最後は、先ほど話したみたいに数をあまり描けないので、ひとつひとつを深く掘り下げたものをアップしておきたい、そうすることでそれぞれの作品が持つ重みを強くしたいという考えからですね。
―あのメイキングの公開量がすごく印象深かったのでぜひ聞いてみたかったんです。結構効果はあったりしましたか?
しらこ:どうなんですかね(笑)。ただ、メイキングを見てどういうラフが上がってくるかを知ったので、割と依頼しやすかったと、打ち合わせの時に言ってくれる人はいました。
―分かっていらっしゃる方は分かっていらっしゃる、ということですね?
しらこ:デザイナーが全然実績のない相手に依頼するのはリスクがかなり高いですよね。どんな人間かも分からないし、途中でいなくなるかも知れない。だから、少しでも信頼度を上げようと思ってそういうことをやっていました。
―ここで、自身の作品の中で「会心作だ」と思う作品についてうかがえますか?
しらこ:「途中の浜辺」ですね。紫がかった夕方、女の子が画の真ん中ぐらいにいて地平線目指して歩いている、という1枚がすごいと思います。
―ご自身で、どのあたりが「すごい」と感じますか?
しらこ:波をすごく省略して描いているところ。そして、建物が砂浜に反射している部分があるんですけど、砂が濡れているところはくっきり反射していて、逆に乾いているところはボヤボヤッとグラデーションみたいになっている、そういう配置とかもとても気持ちよくできた。
かつ、空はほとんど何も描いていないし、遠景の建物とかも完全に形だけ。そういう最小限でやれているよさみたいなところかな。「なかなか超えられないだろうな」と思っています。
―イラストを描く時に一番時間をかけてこだわっている点はどこですか?
しらこ:描き込みにはやっぱり時間がかかります。描き込み過ぎていないかどうかをかなり頻繁に確認して、やり過ぎていたら修正する。さらっと描いたように見せるための作業の繰り返しはかなり時間がかかりますね。
―イラストを描く上でやりたいこととやりたくないことは?
しらこ:さっき挙げた、「完璧な画面の追求」みたいなことはやりたいですね。やりたくないことだと…僕は笑顔をあまり描きたくないんです。
―それはどうして?
しらこ:ハッピーな絵を描く時、笑顔はハッピー過ぎる。少しだけクールにしたいというか、冷たさみたいなものが欲しい。その点でいうと、舟が青い水面に浮いている昔の作品は、かなりクールに振り切っています。
―では自分の絵が、よく「温か」「穏やか」と評価されることについてはどう感じますか?
しらこ:普通に嬉しいです。僕の作品を通して観ると、温かさや穏やかさは共通であるとも思います。
―2020年2月末に初の個展『ひとりでも楽しい』(HB Gallery)を開催しましたね。そのきっかけは?
しらこ:申し込んだのが2019年2月で、その頃はまだ「イラストレーション青山塾」(※7)に通っていました。
※7 イラストレーション青山塾…渋谷区神宮前で開講されている、「イラストレーターを目指す人の絵の学校」。2020年4月時点の専任講師は舟橋全二、作田えつ子、井筒啓之、木内達朗の4名。
「HB Gallery」は「青山塾」に近いので、よく授業の前に行っていたという繋がりもありました。「個展をやりたいな」と何となく思っていた時に、ギャラリーの人に「やる?」と軽い感じで聞かれたのが直接のきっかけです。
―他の場所の選択肢は特になかった?
しらこ:そうですね。僕がやりたい装画の仕事の雰囲気に「HB Gallery」が合っていたんですよ。ほかの人からもそう言われたから決めました。
―展示を開くにあたって心がけたことを聞かせてもらえますか?
しらこ:僕の場合、デジタルで描いているので原画にあたるものがないんです。だからその分、変わった印刷をしようと思っていて。
去年、ある写真家の展示を観に行った時、角丸のベニヤ板に全部印刷していたのが面白くて。僕も角丸をやりたかったので、「これどこで印刷したんですか?」とその場で聞いて、印刷会社を紹介してもらって。
―角丸をやりたいと強く思ったのはなぜですか?
しらこ:かわいいから! あと、少し固定概念が崩れる感じがあるから。
―とすると、ガチガチの「展示」からは離れたかった?
しらこ:特殊なことがやりたかったんですね。打ち合わせで行った印刷会社にいろいろ技術を教えてもらって、自分の作品と組み合わせた際によい感じになりそうなものを考えて、最終的にああした形になりました。
―特殊なこと、で思い出しましたが、個展では画に触れるようにしていたことが注目を集めていましたね。このアイディアはどこから?
しらこ:印刷会社にうかがったもので、インクを数層に重ねてプリントし、膨らみを持たせる「厚盛」という技術があることを知りました。
「画は平面的なもの」という思い込みを裏切る、ちょっとしたサプライズが生まれるかもと感じ、この手法を採用することにしました。ただ、膨らみは最大でも1〜2mm程度が限界で、見た目からだとイマイチ伝わらない気がしたから、触って感じてもらうことにしました。
―イラストを「作品」だと捉えた時、作家としては「触ってもらう」という発想に抵抗感がありそうな気も何となくしたのですが?
しらこ:「触ってほしくない」という感覚は特にありませんでしたね。
今はSNSのおかげで展示をしなくてもイラストを見てもらえる時代なので、せっかく展示をするなら「観る」以上の体験をしてもらいたかったんです。
それに加えて、普段デジタルで描いているので「原画」というものの存在がなく、したがって出力したものは全て「複製画」だという感覚が強いので、触れられることに抵抗はあまりありませんでした。もし汚れてもまた同じものが作れますからね。
―イラストに触ることで、何か面白い体験をしてほしかった、ということなのでしょうか?
しらこ:その通りです。実際に触って驚かれる方が多くいらっしゃって嬉しかったです。ずっと静かに観て回っていた方が、触った時だけ「えっ…」と声を出す姿とかを見て、「ああ、やってよかったな」と思いました。
―興味深いお話です。…では、作品の選定基準についてはどうですか?
しらこ:個展タイトルを『ひとりでも楽しい』にした関係上、複数人を描いている作品はまず自動的に除外されます。その上で、過去作から最新作を平等に見て、普通に好きだったものを全部、って感じですね。
―ご自身の作品で「好きだな」って思うものの共通点って何ですか?
しらこ:「寂しい作品」が好きですね。
―ん? どういう意味ですか?
しらこ:観ていてなんか心配になるというか、作品の中の人が切なそうな感じを指します。画面の美しさとか構図もあった上で、「切なさ」とかも出ていたらなおよし、という感じですかね。
―ご自身の中で、「切ない」という感覚は、結構大きいものなのでしょうか?
しらこ:そうですね。切ないのは好きですね。大切にしているというか、無理やり友達を作ったりしないみたいな、切ない時を楽しむみたいな感覚です。
―先ほど、「ハッピー過ぎるのは嫌」だと言っていましたけど、それと表裏一体ですか?
しらこ:そうです。
―だとすると、あの『ひとりでも楽しい』という個展タイトルは、そのままご自身のスタンスだと考えていいですか?
しらこ:はい。基本、ひとりの方が楽しいことが多いですね。自分がそういうタイプだから今までの画もそうだったし、その画を振り返ってみた時に、「このタイトルがいいかな」と思って。
―個展中、印象深かったエピソードについて、教えていただけますか?
しらこ:全然外出していなかった人が、この個展のために来て下さったことでしょうか。画を描く人らしいんですけど、「こういう機会を作ってくれてありがとうございました」って。
―引きこもっていた、ということですか?
しらこ:分からないんですけど、それに近い状態だったようです。涙ぐみながら話してくださいました。