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interview Vol.4

2020.04.26

未知のものに「すごくワクワクする」 イラストレーター・しらこが初個展後に“制覇”を狙うもの

いつかどこかで目にした景色と再会したような、そんな温かくも懐かしさを覚えるしらこ氏のイラスト。SNS上を流れる投稿や、書店に置かれた本の装画をきっかけに、その魅力にたちまち惹き込まれた人は多いだろう。2月の初個展を成功裏に終え、次の活躍も期待されている。
「こうしたイラストを描く人はどんな人なのだろう?」という思いを抱いて臨んだ3時間のインタビューだったが、マンガやダンスミュージックなどへの強い関心や、「物語性には特に関心がない」とした制作態度など、しらこ氏の口からは多くの人が抱いていたであろうイメージをさっと翻すような言葉が次々登場。非常にスリリングなひと時となったが、読者にも当時の空気感が伝われば幸いだ。

中学生の頃から絵の上手い自覚はあった

 

―まず、しらこさんの生まれ育った岐阜が、どのような場所だったのかをうかがいたいのですが。

 

しらこ:家の目の前に小さい道路を挟んで、2~3階建ての大きな紡績工場の壁があって。その壁の上の屋根が勾配になっているのでボールを投げると、後でこっちに転がって返ってくるんですよ。それをキャッチする、みたいな遊びをかなり小さい頃から兄とやって育ってきました。

 

―当時のことでほかに覚えていることはありますか?

 

しらこ:鴨の親子が近くにあった川に住んでいたので、その2羽を見たりしていましたね。

 

今でも印象深い景色なんか記憶に残っていますか?

 

しらこ:イラストとは直接繋がらないですけど(笑)。 実家はすごいボロい一軒家だったので、そのボロさだったりとか、近くにはよく行って遊んだ公園もあったから、そういう場所の遊具とか小径とかをたまにイメージとして思い出します。

 

―ここまで話を聞いた印象として、環境的にのんびりした場所で生まれ育ったのかな…と思ったのですけど。

 

しらこ:僕の住んでいたところはそんなにめちゃめちゃ田舎というわけではなく、畑がちょいちょいある程度の場所でしたし、僕自身も性格的にのんびりタイプではなく、むしろ結構外で遊ぶタイプだったかな。いたずらっ子だったので、友だちと“やんちゃなこと”を中学前くらいまでやっていました。

 

―やんちゃを(笑)。Twitterで、「標準語になってきてちょっと寂しい」と呟いていましたが、岐阜には「ふるさと」というか、思い入れはあったりするんですか?

 

しらこ:故郷愛がそんなにあるわけでもないと思うんですけど、方言がなくなって完全に標準語の人になってしまうのは、やっぱり少し寂しいですよね。

 

―そういう「引っ掛かり」みたいなものはやっぱりあるんですか?

 

しらこ:あります。

 

―ご家族はどういう人たちだったんです?

 

しらこ:1歳上の兄と両親という4人家族。親は結構ゲームに反対するタイプでした。みんなが中学生ぐらいの時にちょうどPSPとか流行り出したから、周囲は結構プレイしているんだけど、僕は買ってもらえなかったり。

 

―それって10代だと死活問題ですよね。

 

しらこ:小学校と中学校は剣道部だったんですけど、大会で1本取るとゲーム1時間券みたいなものが与えられたので、その券目当てで剣道をやっていたこともありますね。ただ、スポーツは全然いいんですけど、塾は必要ないというか、「お金がもったいない」という理由で行かされなかったです。

 

―では、勉強はどうやって?

 

しらこ:普通に自分でやってました。成績もそんなに口出しされなかった気がしますね。「勉強しろ」とかあまり言われたことないです。

 

―そうなんですね! しらこさんはその頃の自分をどのように考えてたりするんですか?

 

しらこ:あんまり考えてなかった気がしますけど(笑)、割と充実していたと思います。中学校の時は、剣道部のキャプテンだったりもしたので。学校のテストとかもできました。

 

――文武両道だったわけですね。今の話からだと、しらこさんとイラストがうまく結びつかなかったんですが、どういうきっかけで始めたんですか?

 

しらこ:イラストは小中の時ぐらいから、周囲に比べて得意だった、割と上手くできる方だったと思います。町の規模ですが、賞を取ったりしたこともあります。

 

―その時はどういうものを描いていたんですか?

 

しらこ:確か、中学校の夏休みの課題か何かで、カボチャとかバナナとかナスとかを5~6個並べた静物画をクレヨンで描いたやつですね。そのぐらいから絵が上手い自覚はあったと思います。

 

 

イラストで「戦える」と感じた理由

 

―大学では建築を選んだそうですが、当時のことを描いた「ゲンロン ひらめき☆マンガ教室」(※1)の作品を拝見すると、イラストに対する想いが相当強かったように思いました。

※1 ゲンロン ひらめき☆マンガ教室…思想家の東浩紀が創業した「ゲンロン」によるマンガ教室。2017年4月より第1期が開講され、マンガ家の西島大介と批評家のさやわかが主任講師を務めた。


大学中退を後押ししてもらった話 – 超・ひらめき☆マンガ家育成サイト

 

しらこ:まず当時、美術系の大学に行くつもりが全くなかったんです。

 

―それはどうして?

 

しらこ:その発想が全然なくて。高校が進学校だったから、周りは全員勉学のため、大学に行くという空気だったんです。そんな雰囲気だったので、イラストは好きだったけど、僕も普通の大学に進んで。そのかたわらで“イラストのようなデザイン”をできたら、って考えてました。

 

―周囲の人はみんな、東京の大学に行ったんですか?

 

しらこ:いや、地元ですね。普通に理系の人は医学や薬学系の道に進んで、文系の人は文系の道を行く感じです。

 

―しらこさんがそこで建築を選んだ理由がまだちょっと分からないのですが…?

 

しらこ:進学先の学科が「建築デザイン学科」という名前だったんです。「建築」ではなくて、「デザイン」の方に惹かれて選びました。

 

―だから、さっき「デザイン」という言葉が出てきたわけですか!

 

しらこ:だから、あまり「建築に行くぞ!」という感じではなかったですね。建築も嫌いじゃないけど。

 

―そうすると、本当はデザインが好きだった?

 

しらこ:いや、当時は「デザイン」の意味をよく分かってなくて。イラストとデザインってかなり近いんじゃないかという、かなり適当な知識で大学に行ったんです。だから、割と最初の方から建築に興味なかったです。

 

―大学にしばらくいて、やっぱりズレを感じました?

 

しらこ:シンプルに友達を作るタイミングを逃して。僕が入った学科には「アトリエ」と呼ばれる、生徒それぞれに机と椅子が与えられて作業ができる、建築の学生だけの場所があるんです。

そこでみんな徹夜で作業したりして、絆を深めていく空間が出来るんですが、僕はその空間がすごい苦手だったんですよ。なので、途中からちょっと入りにくい空気になってて、それをズルズル引きずって授業とかにも行く気がなくなって、という流れです。

 

―そうすると、学科に在籍している時、結構大変だったんじゃないですか?

 

しらこ:大変でした(笑)。まあ僕みたいなアトリエを苦手としているタイプの人が結構いたので、その子たちとは一緒に授業を受けたりはしていましたね。

 

―一緒にやる人もちゃんといて、という環境だったようですが、大学を辞めた引き金って何だったんですか? カリキュラムに違和感があったんですか?

 

しらこ:授業に違和感を持ったというよりは、課題がシンプルにキツ過ぎて、建築が好きじゃないと思ったんです。

 

―「建築と合わない」と一番感じたのは、具体的にどの部分ですか?

 

しらこ:「自分で間取りを考えて家を造る」という授業があったんですけど、家一軒丸々造るために考えることが多過ぎるんですよ。人が通る動線とか、日差しとか風通しとか、そういう要素が多過ぎて。

 

僕は2D、平面での構成が好きなんです。3Dの構成になると途端に複雑になりますよね。加えて、少し完璧主義者な面があって、課題に対して完全に動線とか日差しとか間取りとかすべてをうまくクリアしてないと作品として出せないという気持ちも存在していました。そういう意味で造るのがすごいしんどかったというのはかなり大きかった。

 

―いろいろなことを考え過ぎて、消耗する度合いが非常に大きかった、という理解でいいですか?

 

しらこ:本当にそうです。

 

――「自分は建築に向いてない」と感じる、決定打となったエピソードは覚えていますか?

 

しらこ:絶対取らなきゃいけない単位の締め切り直前、家で作業してたんです。他の課題も直前にやるタイプだったんですけど、ちゃんと授業を受けていないから3Dソフトの使い方がよく分かっていなくて。

3Dソフトで家の寸法などを記入しているうち、「時間内に終わらない…」と気付いたんです。それまで課題って大体出してましたが、その瞬間に「もう諦めよう」と思って(笑)。「もうダメだ」と思って普通に寝たんですけど。

 

―分かります(笑)。

 

しらこ:それが2年前期の最後の方だと思います。それをやってジ・エンドです。

 

―じゃあ、そこから大学を辞めるまで、割と一直線だったんですか?

 

しらこ:そうですね。大学を3年で辞めてるんですけど、それは結構大きな心の変化でしたね。

 

―じゃあ、イラストの勉強の方はいつ頃からなされているんですか?

 

しらこ:大学2年生ぐらいからやり出しました。授業をサボって、図書館に行ってペンタブで描いていて。世に出ているイラストレーターのものより「勝っている」というか、「戦えるな」と思ったんです。

 

―どういうところで、「自分が戦えるな」と思ったんですか?

 

しらこ:仕事として成立しているイラストの中には、そんなに良くないものもあるぞと気付き出したからですね。でも、それが見えてくるというのは結構大事なことというか、たぶん僕が高校生の時とかだと何が良いか悪いかなんて見えていないですよ。